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08.05 Sat

【掌編】 右腕の時計


 退屈。
 待ってるから今すぐ会いにきて。
 そんな面倒くさい恋人のような要求に対して、光國が滔々と今すぐに会いに行けない理由を述べ立てている。スマートフォンの向こう側。機械越しであっても彼の言葉は明瞭だ。いわく、先ほど運ばれてきた急患が生死の境を彷徨っている。いわく、患者はアレルギーが多くて点滴に使用する薬剤にも細心の注意を払わなければならない。
 光國は峰岸が院長を務める病院の薬剤師である。薬剤部に所属している。医療行為で使われる内服薬や注射薬の調剤を行うのが彼の仕事だ。峰岸の病院と言っても、26歳の時に死んだ父親の跡を継いだだけのことである。地位も権限も金もある。しかし峰岸は院長どころか医師という職業にすら使命感もやり甲斐も感じることが出来なかった。10年以上経った今でもそうである。立場上は部下であり、旧くからの友人でもある光國のほうが、よっぽど真面目でやる気に満ち溢れている。
 伊達に院長代行を拝命しているわけではないのだ。
 そして光國を院長代行に任命した当の張本人は、数年前から山あいの集落に居を構えて世捨て人を気取っている。時折こうして彼に電話を掛けて困らせている。
 高校生の時から変わらない。
 当時もよく真夜中に光國を様々な場所に呼び出してはくだらない遊びに興じてばかりいた。電話口では滔々と文句を言うくせに、律儀に指定した場所にやってきて、しかし楽しんでいるのはいつも彼のほうだった。そんな光國の反応が面白くてやめられなくなった。
 身体ばかりが成長し、大学に進学し、峰岸は医師免許を、光國は薬剤師の免許を取得しても。頭の中は高校生の時から何も変わっていない。
 変わるつもりもさらさらない。
 スマートフォンの向こうが俄かに騒がしくなってきた。
「悪いな、検査の結果が出たみたいだ。切るぞ」
 光國の緊張した声と共に電話は切られ、冷たい機械音だけが鼓膜に届くようになる。予想していた通りの対応だ。かつて右腕になると誓った友人の呼び出しよりも、目の前の見ず知らずの患者を優先する。しかしそんな光國でなければ、今でもこうして付き合い続けていることはなかっただろう。
 峰岸はスマートフォンで現在の時刻を確認する。23時46分。病院から峰岸が住む家までは、どんなに急いで車を走らせても1時間半は掛かるはずである。

 果たして時計が動いていないのは自分だけなのか。

 スマートフォンを畳の上に投げ出して、峰岸はそれまで沈黙を保っていたテレビをつけた。明日の天気予報が流れている。
 晴天。







季刊ヘキTwitter企画ヘキライより 第38回お題「止まった時計」
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