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11.26 Sat

【掌編】葉脈標本


 パチン、パチン、という鋏が奏でる小気味良い音が、人気のない校舎に響き渡っている。暖房器具のない、寒々とした廊下の流し台。その一番端の蛇口の前で、ひとつの人影が白と黄色の花束に鋏を入れていた。冬菊だろうか。吐き出された息が白く濁っているのが見える。こんな朝早くに登校してきているのは、いつも彼くらいのものだ。
 白く骨張った指先が、錆びた金属の鋏を滑らかに、まるで生き物であるかのごとく動かしている。
 おはよう。真剣な横顔に声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げてこちらを見てきた。途端に薄い唇が緩い弧の形を描く。
「おはよう。何だか久しぶりに顔を見たような気がする」
 華奢な身体つきによく似合う、囁くように小さな声。忌引きであったことを伝えると、「そう、大変だったね」と一言、君は伏し目がちになって再び鋏を動かし始めた。詳しくを尋ねてくることはない。口元に浮かべた微笑みをそのままに、けれども奥二重の瞳はじっと、手元の一点を見つめている。彼は母親が病気で長く入院生活を送っているのだと、風の噂で聞いたことがあった。
 一際大きな音がして、白い小菊の首が排水溝の上に落下した。
 彼が所属しているクラスの担任は、生物の教員だ。植物が大好きで、教室の中には常に何かしらの花が飾られているのだという。園芸委員。同じように花をこよなく愛する彼がそう呼ばれるようになったのも、決して理解に難しいことではない。
 見ると、流し台にはいくつもの花と葉が散乱していた。その殆どがすでに枯れかけているものだ。彼が右の指先を動かすその度に、茶色に染まった花弁や葉が落下して、左の手のひらには鮮やかな白と黄色の小菊が残される。
 高校2年生、1度きりのクラスメイト。席替えで隣りの席になったのは、たった1ヶ月間だけのことだった。それでも何処か寂しそうな横顔と、シャープペンシルを滑らかに動かす白くて細い指先が、僕の中にひとつの種を忍ばせた。
 咲いている花がより元気で長持ちするように、と。鋏を扱う指先から、ひとつふたつと終わりかけた命が失われ、そうして他の命が永らえていく。彼が僕の心臓に張り巡らせた葉脈は、未だに衰えを知ることなく僕の心を活かし続ける。同じ朝の空気を吸うためだけに早起きをし、廊下ですれ違う度にその横顔を追いかけていた。僕の心は一体、何を宿しているというのだろう。
 彼の左手に握られた、白と黄色の小菊の花束。同じ根、同じ道管と師管を共有した花であるにも関わらず、枯れているものもあればまだ蕾のものもある。
 パチン、パチン、と。
 小さく痛む心を置き去りにして選別をする。花が死ぬのも人が死ぬのもおんなじだ。錆びた金属の鋏で枯れた小菊の首を落としながら、僕たちはいつかの日のための練習をする。
 僕は流し台の上、朽ちたたくさんの命を頭の中に刻み込む。まるで、彼の痛みだけを集めた標本のように。
 足元に置かれていた白い陶器の花瓶に、彼が両手で冬菊の花を生け始める。そうして微かに笑みの形に歪んだ口元から発される、音のない泣き声を確かに僕は聞いた。





季刊ヘキTwitter企画より 第2回お題「指先からの芽生え」


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