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11.12 Sat

【散文】黒いキャンバス


 コツ、コツ、と。
 あなたが白いチョークを叩く黒板の向こうに、様々な景色が広がっていくのが見える。それは時に青い空に一筋だけ棚引く飛行機雲であったり、時に星ひとつ見えない曇った夜空であったり、時に心音のように静かな波が打ち寄せてくる朝の浜辺であったりする。
 ぼくは机の上に頬杖を突いて、遠く、あなたの心を眺める。
 ナ行変格活用。試験管の中に入れた次亜塩素酸カルシウム。デネブとベガとアルタイルの探し方。日本初の民間飛行機工場も、I,My,Me,Mineもぼくにとってはどうでもいい。
「微分の微という漢字には、数学でよく使うπの記号が入っているんですよ。凄いでしょう?」
 冗談なのか、本気なのかよく分からないあなたの言葉に、笑う生徒は誰もいない。そのことに、ぼくはこっそりと胸を撫で下ろす。
「この公式は、昨日出てきた数式を変形して導き出されます。ちゃんと見ていてくださいね」
 コツ、コツ、と。
 白いチョークが数式を書き出す黒板の上に、あなたの世界が広がっていく。
「どうですか、美しいでしょう」
 ただの数字と記号の羅列を、まるで花を愛でるように美しいと口にする。清潔感のある黒い髪。神経質そうな、細い銀縁の眼鏡。年齢不詳の変人と、生徒たちの間で囁かれていることを、あなたはきっと知らないだろう。けれどもぼくはとても美しいと思う。あなたが黒板に上に描き出す、一切の歪みがない数式も、決してぼくを見ない真剣な眼差しも、
 あなたはきっと知らないだろう。たったひとつの正しい答えを導き出すことだけが、ぼくたちにとっての正解ではない。
 あなたを通じて目にしたたくさんの風景。暮れなずむ街の夕焼けと、夜空で輝くカシオペア、霧がかる真っ白な山の頂を目蓋の裏に焼き付けて、今日もぼくは声を出さずにあなたの背中に呼びかける。
(    、) 
 気付かれなくて構わない。どうかあなたはひとり、これからも教卓の前で新しい世界を導き出していて欲しい。



季刊ヘキTwitter企画より お題「せんせ、」


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