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10.08 Sat

【短編】青空のつくりかた


 一生忘れない。と、言ったら大袈裟だろう。けれどもその一言に相応しい、青い夏の日の放課後だった。
「今週の当番は霧澤か。ちょうど良かった、手伝って欲しいことがあるんだけど」
 決して低くも高くもない、耳触りのいい落ち着いた声色。それは所属している図書委員会の委員長、三年生の鈴木の声だった。茶道部の部長も務めているためか物腰が柔らかく、右目の泣きぼくろが特徴的だ。学年で上位を争うほど成績が優秀だと聞いたことがある。手を加えたことがなさそうな黒い髪。きっちりと締められた制服のネクタイ。自分とは縁がなさそうな人だ。それが鈴木の存在を知った時の第一印象だった。恐らく彼も同じように感じていたに違いない。四月に行われた委員会の顔合わせの時も最後まで会話を交わすことはなく、また、今日まで視線を合わせたことすら一度もなかった。
「今週の当番は霧澤か」
 だから、鈴木が一年生である自分の名前を知っていたことにまずは驚き、そして次に掛けられた言葉に疑問を持った。
「ちょうど良い、って、どういうことですか」
 今日の当番が霧澤で良かった。まるで、そう言ったように聞こえたのである。しかし鈴木はその質問に眉ひとつ動かすことなく平然と答えた。
「ん? あぁ、水野先生が、霧澤は当番じゃなくても来て手伝いをしてくれるって言ってたから」
 水野はこの高校の司書教諭である。図書委員の当番は一週間ごとの持ち回り制だ。昼休みと放課後に本の貸出処理を行うだけだが、基本的に図書室には常に水野がいるため、図書委員がいなくても問題はない。そのため当番をサボる生徒も多いのだ。
「……図書室が、好きなだけです」
 褒められたことに僅かな気恥ずかしさを覚えながら応えると、鈴木は心なしかその口元を緩めて見せた。
「……で、何を手伝えばいいんですか」
「蔵書点検の準備をしようと思って」
 本の日焼けを防ぐために閉ざされたカーテンの隙間から、夏の青空が覗いている。七月中旬。来週からは、誰もが心待ちにしていた夏休みが始まる。蔵書点検はこの学校の図書委員にとっては夏の恒例行事であるらしい。蔵書リストに記載された本が、実際に本棚にあるのかを確かめる作業である。本来準備は司書教諭である水野がやるべきなのだろうが、身内に不幸があって休暇を取っているのだという。道理で昼休みに姿が見えなかったわけである。
 鈴木はカウンターのパソコンを操作しながら、てきぱきと指示を出してきた。蔵書リストと書架配置図の出力。返却期限が過ぎた書籍の督促状の作成。幸か不幸か、この日図書室を訪れている生徒はひとりもおらず、人目を気にせずに話をしながら作業することが出来た。
 鈴木はその印象通り、固い性格で言葉数も少なく、冗談ひとつ口にすることをしなかった。しかし退屈と思うことはなく、言葉や表情として出てこない内側で、彼は彼なりの様々な感情や思考を抱えているのだろうと思える何かがあった。それを魅力と呼ぶならそうかもしれない。縁遠いと思っていただけに、その反動であるかのごとく、すっかり鈴木に好感を抱くようになっていた。
「先輩って生真面目そうですけど、他人に干渉してくるタイプじゃないんですね」
 カウンターの中で出力した蔵書リストを束ねながら何気なく呟くと、隣りの鈴木はキーボードを叩く手を止め、一瞬だけ驚いたような横顔を見せた。清潔感のある黒い髪。真夏だというのに一番上まで留められた制服のボタン。校則違反のくすんだ金の髪色を、いつ指摘されて叱られるのか、内心はらはらとしていたのである。しかし彼はいつまで経ってもそのような素振りを見せようとはしなかった。
「……校則は守るべきだけど、その人が何か信念があってやっているなら、別にどうでもいいとも思う。俺には迷惑掛からないし。まぁ、迷惑掛けられたらさすがに怒るけどね」
 細い指先が再びキーボードを滑るなめらかな音。それに交じって、ふっと小さく笑う気配が鼓膜を揺らす。その横顔に、不意に思い出した存在があった。
「佐藤先輩は、迷惑じゃないんですか?」
 今度こそはっきりと驚いた表情を浮かべ、鈴木がモニターから顔を上げてこちらを見てきた。
「よく知ってるね」
「だって、佐藤先輩目立つじゃないですか」
 短く切られた明るい茶の髪と、複数のピアス。ふたつ学年が上の佐藤は、身長が高く吊り目ということもあり、一見怖そうな不良にしか見えない。しかし剣道部の部長を務め、様々な大会で上位に入賞しているのだという。ただそれだけなら特に気に留めることもなかっただろうが、生徒玄関で鈴木と親しげに話をしている様子を見てからというものの、その存在が視界に入るようになっていた。
 優等生にしか見えない鈴木先輩にも、こういう友達がいるんだな。
 しかし鈴木は何故か自嘲気味に笑って見せた。
「はは、確かに。でも、霧澤は知らないだろうけど、俺たちの一個上に、もっと目立つ先輩たちがいたんだよ」
「佐藤先輩よりも、もっと?」
「そう」
 どう目立っていたのか、とか。どんな先輩たちだったのか、とか。様々な疑問が言葉になって、肺腑の底から舌の先までせり上がってくる。しかしそれが声になって発されることは終ぞなかった。何処か寂しげな、それでいて羨望にも似た眼差しで目蓋を伏せ、鈴木がパソコンのモニターに向き直る。その横顔を見て、今更ながら無遠慮に質問をぶつけ続けることに躊躇いを覚えたのだった。
「霧澤は、何で髪染めてるの」
 そんな心を見透かしたかのように、鈴木が口を開いた。
「さぁ、何でですかね。中学の時からなんで、もう、これが俺の当り前になっちゃいました」
 恐らくはありきたりな好奇心と反抗心だったのだろう。周りの人とは違う、ということに、小さな愉悦を覚えてもいた。
「俺は昔から「郷に入っては郷に従え」派なんだ。怒られるの嫌いだし。でも、和して同ぜず、今はこの考え方が一番好きだな」
「和して同ぜず、って、どういう意味なんですか」
 思いがけずに話し始めた鈴木に内心驚きを覚えながら尋ねると、彼は相変わらず横顔のまま、淡々とした口調で答えを与えてくれた。
 しかしその真っ直ぐな眼差しから目が離せなくなる。
「協調はするけど同じにはならない。他人と協力することは大切だけど、ちゃんと主体的に物事を考えて、人と付き合わなければいけない。って、俺は捉えてる」
 周りに流されて自分を変えるんじゃなくて、自分は自分のままで、付き合っていける人と出会えたらいいね。
 その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「……それって、茶道の教えなんですか」
「さぁ、どうだろう。でも、近いものはあるんじゃないかと思ってる」
「今度、部室に遊びに行ってもいいですか」
「うん。髪を黒くしたらね」
「えっ」
 太陽の位置が変わったのか、ひと筋の光が部屋の中に差し込んでくる。眩しげに目蓋を細めながら席を立ち、鈴木が正面の窓へと近付いていく。白いカーテンの隙間から覗いた夏の空。決して届かないその青色に、けれども先輩は触れる方法を知っている。何故だかふと、そんなことを思った。

「なっちゃん当番お疲れ様ー」
 建て付けがあまり良くないのか、大きな音と共に扉が開き、同級生の悠人と要が姿を現した。
「悠人、黒崎。お疲れ。掃除当番長かったな」
「今週はグラウンドだったからね。外暑いよ、ヤバイ」
「マジか、外に出たくねぇな」
 夏生(なつき)はカウンターの中から届かない窓の向こうに目を遣り、大袈裟に溜息を吐いて見せた。
 今週は水野先生いないし、人が来なかったら早めに閉めちゃっていいから。
 ひと通り蔵書点検の準備を終えると、茶道の稽古があると言って鈴木はひとり図書室を後にした。手伝ってくれてありがとう、と言って小さく浮かべた笑顔は何処かぎこちなく、人付き合いが苦手なんだな、と思わせるには充分過ぎるものだった。それでもこの短い時間の中でだいぶ打ち解けて話が出来るようになったと思うのは、しかし夏生の自惚れだろうか。
「なぁ、和して同ぜず、って言葉、知ってるか?」
「知らない」
「他人と協調しても安易に同調はしない、って意味だろ?」
 すぐさま考えることを放棄した悠人とは対照的に、一年生の優等生代表である要はさすがに故事成語にも詳しい。
「お、さすが黒崎。正解」
「当然だろ。で、それがどうかした?」
 どうして突然夏生がそんなことを言い出したのか分からなかったのだろう。眼鏡の奥で訝しげに眉を寄せながら要が尋ねてくる。
「さっき委員長の鈴木先輩に教わったんだ。これから俺の座右の銘にする」
「なっちゃんには無理だろ」
「うん、俺もそう思う」
 要と悠人が口を揃えて無理だと胸を張る、その理由を尋ねると、
「同ぜず、の部分はいけると思うけど、なっちゃん、協調性皆無じゃん」
 窓の外に広がる青空にも似た、晴れ晴れしい笑顔で悠人が答えた。うんうん、と、その隣りで要も首を縦に振っている。
「知ってるよ。だけど、目標。何か、格好良かったから」
 その言葉がではない。その言葉をさらりと口にして見せた先輩の、不器用ながらも真っ直ぐな生き方が格好良く見えたのだ。自分には到底出来ない、と。だからこそ、忘れないように頭の中に刻み込む。自分とは、全く違う場所で生きている人がいる。そんな人たちともっと話をしてみたいと思う。
「よし、そろそろ帰ろうか」
「コンビニでアイス買って食べようよ」
「お、それいいな」
 カーテンの向こう側。広がる青空に嵐が訪れるその前に。
 夏生はカウンターの椅子から立ち上がり、パソコンの電源をオフにした。何処からか風が入り込んでくるのか、夏の青を映した白いカーテンが、ふわりと小さく揺らいで見えた。



(Text-Revolutions公式アンソロ『和』参加作品)
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