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とぎれない、いつか : 通販  発行物一覧   音楽   表紙
08.27 Sun



百日紅ごしに見上げた空はひどく霞んだ色をしていて
ぼくの昨日ときみの明日が出会った今日は
きっと、
どこにでもある平凡な1日になるに違いない
けれどもそれが酷く眩しいものに見える理由を
今のぼくは知り得ない




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12.03 Sat

【散文】瞬きの記憶


「火球、」
 本を読みながら呟いた僕の言葉に、向かいに座っていた君が顔を上げた。流れ星の中でも、-3等から-4等程度よりも明るいものをそう呼ぶのだそうだ。
 一度だけ、流れ星を見たことがある。何とか流星群といった特別な日ではなく、ただ何でもない星が綺麗な夜だった。カメラのフラッシュにも似た閃光。あれはもしかしたら火球だったのかもしれない。
「へぇ。俺も一度見てみたいな」
 僕の説明に目蓋を細めて、君は図書室の窓の外を眺めた。目が覚めるような青空。その向こうに息を潜めた幾億もの星屑。けれども燃え尽きる前の一瞬だけの輝きは、僕たちには必要のないものだ。
 心の中で呟いて、今夜ふたりで星を見ようと約束をする。



Twitter300字ss企画より 第二十八回お題「火・炎」


11.15 Tue

【散文】星月夜の昼下がり


 隣りを歩いていた君が、1枚のポスターの前で足を止めた。
「俺、この絵、好きなんだ」
「ゴッホ?」
 確か星月夜というタイトルだ。絵画に疎い僕でも知っている。
「俺もこんな夜空を見てみたい」
 しかし執着にも似た濃厚さで描き出された夜の光は、僕の目には薄気味悪く映る。何よりこんな明るい夜空は夜空じゃない。
「……絵画の中でくらい、眩しい夜を見たって罰は当たらないだろ」
 小さく呟いた君の言葉が、まるで石ころのように地面の上に転がった。君の中にもあればいい。夜闇の中に光を見つけられる場所。その時誰が、君の隣りにはいるのだろうか。
 ポスターに記載された展覧会の日付をメモして、僕たちは午後の授業へと足を急がせた。



Twitter300字ss企画より 第二十七回お題「絵」


11.12 Sat

【散文】黒いキャンバス


 コツ、コツ、と。
 あなたが白いチョークを叩く黒板の向こうに、様々な景色が広がっていくのが見える。それは時に青い空に一筋だけ棚引く飛行機雲であったり、時に星ひとつ見えない曇った夜空であったり、時に心音のように静かな波が打ち寄せてくる朝の浜辺であったりする。
 ぼくは机の上に頬杖を突いて、遠く、あなたの心を眺める。
 ナ行変格活用。試験管の中に入れた次亜塩素酸カルシウム。デネブとベガとアルタイルの探し方。日本初の民間飛行機工場も、I,My,Me,Mineもぼくにとってはどうでもいい。
「微分の微という漢字には、数学でよく使うπの記号が入っているんですよ。凄いでしょう?」
 冗談なのか、本気なのかよく分からないあなたの言葉に、笑う生徒は誰もいない。そのことに、ぼくはこっそりと胸を撫で下ろす。
「この公式は、昨日出てきた数式を変形して導き出されます。ちゃんと見ていてくださいね」
 コツ、コツ、と。
 白いチョークが数式を書き出す黒板の上に、あなたの世界が広がっていく。
「どうですか、美しいでしょう」
 ただの数字と記号の羅列を、まるで花を愛でるように美しいと口にする。清潔感のある黒い髪。神経質そうな、細い銀縁の眼鏡。年齢不詳の変人と、生徒たちの間で囁かれていることを、あなたはきっと知らないだろう。けれどもぼくはとても美しいと思う。あなたが黒板に上に描き出す、一切の歪みがない数式も、決してぼくを見ない真剣な眼差しも、
 あなたはきっと知らないだろう。たったひとつの正しい答えを導き出すことだけが、ぼくたちにとっての正解ではない。
 あなたを通じて目にしたたくさんの風景。暮れなずむ街の夕焼けと、夜空で輝くカシオペア、霧がかる真っ白な山の頂を目蓋の裏に焼き付けて、今日もぼくは声を出さずにあなたの背中に呼びかける。
(    、) 
 気付かれなくて構わない。どうかあなたはひとり、これからも教卓の前で新しい世界を導き出していて欲しい。



季刊ヘキTwitter企画より お題「せんせ、」


10.01 Sat

【散文】連れ星


「星が月に寄り添うと、人が死ぬんだって」
 そう言って君が見上げた空に、月の姿は何処にもなかった。
「ツレボシ。古い民間伝承らしいよ」
 星の光を眩しがるように目を細め、宙を彷徨う君の視線が探しているものが何なのか。さんざめく銀河の産声が聞こえた遥か彼方に思いを寄せて、君はいつか訪れる別れのちっぽけさを自分自身に言い聞かせている。
「……だったらずっと、月が見えなければいいね」
 僕の言葉に君は目蓋を伏せて、ふっと小さく息を漏らした。泣いているのか笑っているのか、今の僕に知る術はない。いつか見えるだろうか、君の心も月の光も。満ちることを知らない思いをひとり抱えて、僕は君の横顔を目蓋の裏に焼きつけている。


Twitter300字ss企画より 第二十六回お題「月」